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刃物まつり ご紹介

リストマーク  第1回刃物まつり  昭和43年10月12~13日


刃物祭り
 昭和41年(1966)11月8日の刀祖祭は例年と変り、刃物を中心とする金属工業の事業所経営者と従業員の殆んどが参加し、善光寺山公園で福引きと野外園遊会が行われ、翌42年も、事業所従業員連合慰安会として、福引と野外園遊会が行われ、立蔵寺本堂を会場として、優秀刃物金属雑貨選奨展示会が行われ、子供相撲大会が関・善光寺境内で開催され、2000人余が参集した。
 この刀祖祭が盛大に営まれた光景を目にした福岡博由市長は、これを関市全体の行事に盛り上げたいと考え、また11月の農繁期を避けて、刃物の街ならではの多彩な催しをと、それぞれの代表者が会合を重ね、昭和43年7月に関刃物まつり協賛会が発足した。これまでの刀祖祭で行ってきた刀剣展・古式日本刀鍛錬公開・優秀刃物金属雑貨選奨展示会は、刃物まつりの行事に組込まれ、その第1回刃物まつりが、10月12日・13日の第二土曜・日曜日に、関市刃物まつり協賛会・関市・関商工会議所の主催により始まった。
 この両日に、優秀刃物金属雑貨選奨展示会と刀剣展を平和通り七丁目の関市文化会館で行い、また刃物廉売市を同会館前で行ない、12日に、関ことぶき大学(老人クラブ)の明治から大正時代の風俗仮装行列が本町通りで行われ、13日に、刀祖元重翁慰霊祭と古式日本刀鍛錬公開が千手院境内地の元重翁碑前で開催され、13日午後から、関商工高等学校ブラスバンドの市中演奏パレードが実施された。
 以来、年々協賛行事が増し盛大となっていった。
 昭和52年(1977)の第10回から刃物まつりの奉告祭が、前日の土曜日に春日神社で行われるようになり、廉売市会場は、新長谷寺参道・西日書町通り・片倉町の片倉製糸株式会社跡地・津保川稲口橋下流左岸と移動し、昭和52年から本町通り一丁目から七丁目に定着した。
 
古式日本刀鍛錬の公開も、昭和46年(1971)から春日神社境内に移り、昭和51年(1976)に旧日本刀鍛錬塾跡地の鍛錬場に移動した。
 これを機会として、昭和52年1月から、関伝日本刀鍛錬技術保存会による、古式日本刀鍛錬の一般公開が、奇数月の第一土曜日ごとに始まり、同所において昭和54年(1979)1月から刀剣研磨外装技術などの一般公開も行われるようになった。
 昭和58年(1983)には、鍛錬塾跡地の関産業振興センター(現:関鍛冶伝承館)の新築が始まり、この年には関市文化会館(桜木町)を会場として古式日本刀鍛錬の公開が行われ、翌昭和59年(1984)に産業振興センター(関鍛冶伝承館)の竣工により、以来、同センターの鍛錬場で開催されるようになった。そして現在では、平成14年新改装となった「関鍛冶伝承館」で開催されています。
 刀剣展も、前記のように刃物まつりに同調し、昭和44年(1969)から昭和58年までは、岐阜県刃物会館を会場とし、昭和59年以来は、産業振興センター(現:関鍛冶伝承館)を会場としている。
 優秀刃物金属雑貨選奨展示会も、刀剣展と歩調を合わせて行われてきたが、昭和59年以降も岐阜県刃物会館を会場とし、昭和61年(1986)から
SEKI刃物技術デザイン展を、平成4年(1992)からこれまでの優秀刃物金属雑貨選奨展示会を関優秀刃物展と改称し、平成7年(1995)から全国主要産地刃物展が加えられた。
 平成元年(1989)からは、産業振興センター(現:関鍛冶伝承館)で刃物供養祭が行われるようになり、使い古した刃物を収集し、刃物供養碑前での供養が始まった。
 その他、刃物まつりの両日は、協賛行事として、種々の関連行事が営まれ、年々その人出を増し、第10回の昭和52年には約13万人、第20回の昭和62年(1987)には約20万人、第30回の平成9年(1997)には約23万人の人出で賑わっている。